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主な収蔵作品ご紹介
冨永朝堂「卑弥呼」像 工芸作品
「卑弥呼(ひみこ)」像 
冨永朝堂(とみながちょうどう)作 (展示中)

冨永朝堂は明治30年(1897)博多赤間(はかたあかんま)町の家具屋・冨永栄次郎(とみながえいじろう)の四男として誕生する。
高村光雲(たかむらこううん)を師とし木彫界の重鎮である同郷の山崎朝雲(やまさきちょううん)に師事し、伝統的な木彫技術や心の基本を厳しく学ぶ。朝雲の門を終了後は帝展(ていてん)に出品した「雪山の女」が初入選する。その後意欲的作品を次々と制作し各種の賞を受賞する。その間も真の木彫芸術を求めて座禅(ざぜん)や茶道(さどう)を取り入れながら精神の向上を図る。昭和19年九州の太宰府(だざいふ)に居を構え、そこの静かな環境の中で朝堂独自の彫刻を見つけ出す。。
この卑弥呼像は朝堂74歳の時に樟(くすのき)で制作されたもので、KBC九州朝日放送芸術参加作品「まぼろしの女王・卑弥呼」の中で木彫家・冨永朝堂が卑弥呼像を彫り上げる姿をドキュメンタリー化され、昭和46年(1971)11月6日テレビに放映、紹介され高い評価を受けました。
一時期、抽象(ちゅうしょう)彫刻にも真剣に取り組みましたが、そのことで改めて日本の木彫の美しさと可能性を強く認識し、晩年は後進を育成しながら木に生命を与えるノミ一筋に生きる。
昭和62年(1987)12月12日没。享年90歳
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